毛抜形太刀 無銘
Tachi:Mumei
新刀 江戸前期
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刃長:64.6(二尺一寸三分強) 反り:1.3 元幅:2.75 元重ね:0.75
菖蒲風造り、鎬高く三ッ棟、腰元より上の鎬地の肉を落とす。 鍛え、板目に杢目、流れ肌を交え、所々大模様肌立ち、地沸厚く付き、地景入り、地鉄良好。 刃文、小互の目乱れ主体で、丁子風の刃、互の目を交え、刃縁良く沸付いて明るく締まり気味、刃中小互の目足入り、金筋、砂流し掛かる。 帽子、湾れ調で烈しく沸付き、先掃き掛け返る。 茎生ぶ、鑢筋違い。 刀身共ハバキ。 時代研磨。
毛抜形太刀拵え(江戸末期 全長95 鞘 黒石目 こじり、責金、吊り金具、鯉口は素銅研磨地 下げ緒、青磁色 柄 鉄地 縁頭、赤銅研磨地 目貫、赤銅丸形鋤出彫色絵、龍図 鍔 鉄地葵形猪の目透、無文)入り。
【コメント】
毛抜形太刀は、平安期に蝦夷の蕨手刀から発展したと云われており、平安中期から後期に掛けて、このスタイルが確立されました。刀剣外装の中で最も古いものの一種とされており、儀礼用のみでなく、当時の実戦刀としても使われていましたが、鎌倉期以降は、主に儀礼用として用いられるようになります。
最大の特色は、柄が刀身と共鉄造りであり、その中央に毛抜形の透かし彫りを施してあることです。 その最高傑作と評されるのが、奈良県の春日大社に収蔵されている、国宝『金地螺鈿毛抜形太刀』、平安末期を下らない作とされます。
現存品の大半は江戸期の作、室町期を下らないものはほとんど見られません。前述の国宝の場合、鞘から抜くことが出来ず、刀身と一体化した柄を見ることが出来るのみです。
本作は、寸法二尺一寸三分強、反りやや浅めの菖蒲風スタイル、地に少し鍛え肌もありますが、刀身は至って健全、江戸前期は下らない作と鑑せられます。
小互の目乱れ主体の刃は、刃縁良く沸付いて明るく締まり気味、刃中金筋、砂流し掛かる出来は、新刀期美濃系鍛冶の作でしょうか。一度鑑定に委ねるのも良いでしょう。
刀身と柄、ハバキが一体となっていますので、鐔、切羽等は、上へは外せず、下も鐺が固定されているため外すことは出来ません。
兎にも角にも、大珍品の毛抜形太刀、確実に押さえて下さい。
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