脇差し 友成五十六代孫横山祐永
(よこやますけなが)
文政十三年八月於(一八三〇)
淡州応処士不動氏需
Wakizashi:Yokoyama Sukenaga
新々刀・備前 江戸末期
拵え付き(特別貴重小道具認定書付き)
特別保存刀剣鑑定書及び甲種特別貴重刀剣認定書付き
刃長:40.3(一尺三寸三分) 反り:0.5 元幅:5.22 元重ね:0.98 穴1
平造り、庵棟尋常。 鍛え、小板目肌やや沈み勝ちに詰み、一部大板目交じり、地沸厚く付き、地鉄良好。 刃文、大湾れ調の刃取りに小互の目、丁子風の刃、互の目交じり、刃縁匂い勝ちで一部荒沸付いて明るく締まり、刃中頻りに丁子足長く入り、地に飛び焼き交じる。 帽子、刃文のまま乱れ込み、先小丸風に長く返り、棟寄りを乱れ調に焼き下げる。 茎生ぶ、先栗尻、鑢勝手下がり。 銅に金着せハバキ。 時代研磨(小サビ有り)。 白鞘入り。
大脇差拵え(江戸末期 全長66 鞘 茶の呂塗に金平蒔絵の小桜散し、亀甲に菱紋の螺鈿模様 栗型黒塗、裏革茶色下げ緒 大小柄、堅木に文字刻 小刀付き 柄 鮫に茶色裏革柄巻 縁頭、角 目貫、赤銅金色絵、天女の図)付き。
【コメント】
祐永は、寛政七年、横山伊勢守祐平の次男として生まれ、兄である加賀介祐盛が、七兵衛尉祐定家の養子となったため、兄に代わって横山祐平家を継承しました。天保四年、『加賀介』を受領、『友成五十六代孫』と称しました。義兄に俊左衛門尉祐包がいます。
茎に『菊紋』と『一』の字を切る場合がありますが、これは新々刀期の長船鍛冶に於いて祐永ただ一人、年紀入りの作はそれほど多くありませんが、稀に文政、天保、嘉永年紀のものがあります。
作刀期間は、文化の終わり頃から嘉永まで、同四年、五十七歳で没したと云います。
作風は、小板目詰んだ美しい鍛えに、刃縁の締まった互の目丁子乱れを主体としており、拳形丁子を交えるなど華やかな作が多く、極稀に直刃もあります。
本作は文政十三年、同工三十六歳の頃、寸法一尺三寸三分ながら、身幅5.22㎝、重ねも1㎝弱あります。
これまで本誌に掲載された刀剣類の中で最も幅広な作、この寸法でこの身幅ですので、実際手にすると凄まじい迫力、重量感です。刀身のみで948g、拵えに入れた状態で1,620g、こんな大きなハバキも見たことがありません。出来は見るからに同工の典型作、現代刀のような健全さを誇る一振りです。
茎に『淡州応処士不動氏需』とあるように、兵庫県淡路島の処士、不動氏の求めに応じて鍛刀した注文打ち入念作です。処士とは、十分な学才、能力等がありながら、国に仕えていない民間人のことで、浪人、浪士の別称です。
付属の外装は勿論オリジナル、鞘の塗りなど多少傷みもありますが、当時のままの何とも言えない味わいがあり、特別貴重小道具認定書付きです。小柄小刀には 、『淡州住義平』とありますが、父祐平の弟子です。
特別保存鑑定書付き、横山一門の代表作に成り得る同工渾身の超大作です。これはお薦めです。