脇差し 大和住月山貞利彫同作(花押)
(やまとじゅうがっさんさだとしほりどうさく)
平成八年八月吉日(一九九六)
Wakizashi:Yamatoju Gassan Sadatoshi
現代・奈良
無鑑査刀匠
自筆箱書き付き二重箱入
刃長:37.0(一尺二寸二分強) 反り:0.5 元幅:3.48 元重ね:0.72 穴1
平造り、庵棟尋常。 表は短い菖蒲樋を丸留めにし、腰元櫃内に鯉の滝登り(登竜門)図、裏は菖蒲樋をハバキ上で丸留める。 鍛え、大板目、大杢目が波状にうねる綾杉鍛えで、地沸厚く付き、地景が肌目に絡み、地鉄精良。 刃文、互の目乱れを主体で、小互の目、湾れ交じり、刃縁良く沸付いてやや沈み勝ちに締まり、刃中金筋、砂流し掛かる。 帽子、湾れ調で沸付き、先僅かに掃き掛け返る。 茎生ぶ、先栗尻、鑢化粧大筋違い。 銅に金着せハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。 自筆箱書き付き二重箱入り。
【コメント】
貞利は、月山清と言い、昭和二十一年、人間国宝月山貞一の三男として大阪に生まれました。父に学び、昭和五十年に新作刀展で高松宮賞を受賞して以来、文化庁長官賞、毎日新聞社賞、名誉会長賞、寒山賞などを複数回受賞、昭和五十七年には無鑑査に認定、平成七年、父貞一没後は月山家の棟梁となり、平成十五年には奈良県指定無形文化財保持者に認定されました。伊勢神宮式年遷宮奉納太刀を始めとする数々の奉納刀、米国ボストン美術館での刀剣展、月山記念館開設等々、八百年続く名門の棟梁として、一派の繁栄及び刀剣界の発展に尽力し続ける名匠です。
本作は、平成八年(一九九六)、同工五十歳の頃の注文打ち入念作、寸法一尺二寸二分強、やや先反り付いて身幅広い豪壮な平脇差しは、南北朝盛期の典型的なスタイルです。
自筆箱書きにも、『先祖伝来綾杉鍛法以秘術』とあるように、月山一門の真骨頂、 美しい綾杉鍛えの優品、加えて彫り同作です。
大板目、大杢目がやや沈み勝ちに波状にうねる綾杉鍛えは、繊細な地景が肌目に絡んで精良に詰み、地の綾杉文様が刃中に絡んで、金筋、砂流しを形成するなど、地刃の沸の変化が多彩で、見応え十分です。
特筆すべきは月山彫り、表の腰元櫃内には、濃厚な鯉の滝登り、いわゆる登竜門図を浮き彫りにしてあります。
登竜門とは、古来より伝わる中国の故事成語、黄河の上流に竜門という激流があり、その下流に集まる鯉は、その急流を登れないが、もし登ることが出来たならば、龍神となって天に昇るとの伝承があり、転じて成功に至るための難しい関門、出世栄達の象徴を意味するようになりました。日本では、鯉の滝登りとしてお馴染み、鯉のぼりの風習の元にもなっている大変縁起の良い図柄です。
水飛沫を上げて豪快に飛び跳ねる鯉のたくましさ、生命力を、精巧緻密な彫技で見事に表現しています。
自筆箱書きを内箱とする二重箱入りで、箱の中には、当時、注文主へ送った際の 登録証在中封筒付き。
ここ二十五年以上認定者不在の人間国宝、その最右翼の一人とされる月山貞利渾身の一振り、これは確実に押さえるべき逸品です。