刀 長幸以古鍬作之
(ながゆきこくわをもってこれをつくる)
貞享三年二月日(一六八六年)
Katana:Nagayuki
新刀・摂津 江戸前期
最上大業物 拵え付き 木箱付き
特別保存刀剣鑑定書付き
拵えに特別貴重、鐔に保存刀装具鑑定書付き
『紀州徳川家刀剣目録品』並びに『新刀大鑑』所載品

刃長:72.1(二尺三寸八分) 反り:2.3 元幅:3.09
先幅:2.08 元重ね:0.73 先重ね:0.54 穴1

上打ち刀拵え(全長103 柄長23.3 江戸末期 鞘 黒の呂に銀地蛭巻鞘 返り角、赤銅地高彫金色絵、丁子の図 下げ緒、薄茶紫と生成色 柄 親鮫に薄茶紫色の蛇腹柄巻 縁、素銅鋤目地、据紋七宝、象嵌色絵、葵と万年青の図 頭、金塗葵紋図 目貫、銀地容彫金色、葵花枝図 鍔 赤銅研磨地透、金平象嵌、葵の図)付き。

【コメント】
最上大業物、多々良長幸、大坂石堂鍛冶の最高峰、一文字丁子乱れの典型作、『紀州徳川家刀剣目録品』及び『新刀大鑑』並びに『刀剣日本 第二集』所載品です。
多々良長幸は、本国を紀州と云い、四郎兵衛と称し、後に紀州より大坂へ移住、大坂石堂鍛冶河内守康永の門人となりました。
年紀作は稀有ですが、天和(一六八一~八四)、貞享(一六八四~八八)年紀の作が僅かに残されていることから、その活躍期を窺い知ることが出来ます。
作風は、二つに大別され、一つは大丁子乱れに小丁子、尖り風の刃等を交えた一文字写し、もう一つは腰開き気味の複式互の目乱れを焼いた末備前写しの作があります。古作同様の乱れ映りを再現する高い技量は、大坂石堂鍛冶の代表工のみならず、新刀期の備前伝第一人者と評される名工です。
また一般的に『たたらちょうこう』と呼称され、この華やかな出来に加えて、『最上大業物』にもその名を連ねる一人であるため、大変人気の高い刀工です。
銘振りは『長幸於摂津国作之』が大半で、稀に『多々良氏長幸 於摂津国作之』、『摂州於大坂長幸作之』なども見られ、二字銘もあります。
本作は貴重な『貞享三年二月日(一六八六)』の年紀作、寸法二尺三寸八分、反り深めに付いた勇壮な太刀風のスタイル、地刃共に健やかで美しい一振りです。
乱れ映りほのかに立つ繊細な地鉄、匂い出来の華やかな丁子乱れを主体とした刃文は、多種の刃を交えて所々重花丁子風を呈し、刃縁ふっくらとして明るく冴え、随所に飛び焼きが掛かるなど、同工の真骨頂である備前一文字写しの典型作です。
また茎に『以古鍬(こくわ)作之』と刻してあるように、同工は古鉄など様々な鉄を織り交ぜて鍛刀しており、他にも『以千草鉄鍛之』、『以南蛮鉄鍛之』などの添え銘も残されています。
特筆すべきは、本作は『紀州徳川家刀剣目録』にその名を連ねる紀州徳川家伝来品であること、加えて『新刀大鑑』及び『刀剣日本 第二集』にも同工代表作として掲載されています。因みに登録証は、昭和二十六年、佐賀県『七八九』号です。
紀州徳川家は、徳川家康の十男頼宣を藩祖とする『徳川御三家』の一つ、『将軍家の後継ぎが途絶えた時は、尾張か紀州家から養子を出すこと。』との取り決めがあるくらい家格が高く、幕末まで十四代続きました。その間に蓄積された刀剣類をすべて記載したものが『紀州徳川家刀剣目録』であり、これらの目録品は、昭和初期になって紀州徳川侯爵家より競売に掛けられていますが、本刀はその目録に記載された由緒正しき一振りです。
外装は黒呂塗りに銀帯の蛭巻き鞘、金具類も赤銅磨き地葵透かし鐔を始めとして、随所に葵紋が入り、七宝象嵌、金象嵌など色鮮やかな作を使用した素晴らしい外装です。
今月の超目玉商品の一つ、最上大業物、多々良長幸の代表作、絶対に見過ごせません。







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