小柄:三疋牛図
銘・於東府後藤法橋一乗 花押
于時嘉永七年寅年仲夏 応肥州佐賀住嶋田氏需作
Kozuka:Sanbiki Ushi Zu
幕末期
第六十七回重要刀装具指定品

長さ97.1mm 幅14.7mm
後藤家の掉尾を飾る名工、後藤一乗の小柄です。
一乗は、寛政三年後藤家の分家である七郎右衛門家四代重乗の子として京に生まれ、九歳の時八郎兵衛謙乗の養子となり、十一歳で半左衛門亀乗の下で彫技を学びます。十五歳で養父の逝去に伴い八郎兵衛家の家督を相続しています。
一乗は、初め光貨、ついで光行、光代と名乗り、文政七年三十四歳の時、光洛天皇の御剣金具の制作の功により法橋の位を賜った折に一乗と号しています。文久二年では光明天皇の御太刀金具を制作し、翌年法眼に叙せられ、明治九年八十九歳で生涯を閉じています。
この小柄は嘉永七年(安政元年)、一乗六十四歳の作、重要図譜には 「本作は雌雄の放れ牛を的確に割り当て、親子団欒の和やかな雰囲気を醸しだしている。細部に目を転じると高肉の肢体は際立って鮮麗であり、肉取りが素晴らしく牛毛の表現など眼を見張るものがあり名工の手腕が遺憾なく発揮されている見事な作品である。」とあり、 正に後藤法橋一乗円熟期の傑作です。
一乗は、寛政三年後藤家の分家である七郎右衛門家四代重乗の子として京に生まれ、九歳の時八郎兵衛謙乗の養子となり、十一歳で半左衛門亀乗の下で彫技を学びます。十五歳で養父の逝去に伴い八郎兵衛家の家督を相続しています。
一乗は、初め光貨、ついで光行、光代と名乗り、文政七年三十四歳の時、光洛天皇の御剣金具の制作の功により法橋の位を賜った折に一乗と号しています。文久二年では光明天皇の御太刀金具を制作し、翌年法眼に叙せられ、明治九年八十九歳で生涯を閉じています。
この小柄は嘉永七年(安政元年)、一乗六十四歳の作、重要図譜には 「本作は雌雄の放れ牛を的確に割り当て、親子団欒の和やかな雰囲気を醸しだしている。細部に目を転じると高肉の肢体は際立って鮮麗であり、肉取りが素晴らしく牛毛の表現など眼を見張るものがあり名工の手腕が遺憾なく発揮されている見事な作品である。」とあり、 正に後藤法橋一乗円熟期の傑作です。




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