刀 来国行(無銘)
(らいくにゆき)
Katana:Rai Kuniyuki(Mumei)
古刀・山城 鎌倉中期 最上作
第六十回重要刀剣指定品
探山先生鞘書き有り
刃長:73.5(二尺四寸三分弱) 反り:1.8 元幅:2.70
先幅:1.87 元重ね:0.61 先重ね:0.35 穴4
【コメント】
来国行(無銘)の重要刀剣、猪首切っ先で京反り付いた鎌倉中期の典雅なる姿に、京丁子を交えた焼き刃、沸映り等々、随所に国行の見所が示された名品です。
山城国では、鎌倉初期より鎌倉後期に掛けて粟田口派が栄えましたが、鎌倉中期頃より、それに入れ替わる形で登場したのが来派であり、以降南北朝期に掛けて大いに活躍しました。
古伝書等では、その開祖として国吉の名を挙げていますが、在銘正真確実な現存作が皆無であるため、国吉の子と伝わる国行を事実上の祖とするのが、現在の通説となっています。
国行は同派の棟梁として、国宝一口、重要文化財十五口、重要美術品十一口を数える名工で、年紀作は皆無ですが、その子とされる国俊に弘安元年(一二七八)の作があることから、通説鎌倉中期の康元(一二五六~五七)頃とされる同工の活躍期は妥当と考えられます。
作風は、身幅尋常か、やや広め、元先身幅の差が少ない太刀姿が大半で、反りは、京(輪)反りを基本としています。帽子は、中切っ先か小切っ先で、詰まって猪首風となるのが大半、地鉄は、小板目詰んだものに加えて、板目が大模様に現れる場合もあり、肌立ち気味で、地沸厚く付いて、沸映りが立ちます。端正な直刃はまずなく、焼き幅広めの直湾れ調で、小丁子、京逆足、小互の目、角張る刃、小乱れを交えます。初期には、丁子が密に詰まった華やかな作も見られます。
本作は平成二十六年(二〇一四)、第六十回重要刀剣指定品、『来国行』と極められた鎌倉中期の典雅なる京太刀です。
本作は寸法二尺四寸三分弱、切っ先猪首風に詰まり、京反り付いた鎌倉中期に於ける来派の太刀姿を良く示しています。
小板目良く詰んだ精良な地鉄は、所々流れ心に肌立ち、淡く沸映り立ち、小丁子風の刃を主体に、小互の目、小乱れを交えた焼き刃は、刃縁小沸付いて匂い深く、下半は雁股(先が二股に分かれた形状)風の湯走り交じり、刃中京逆足、小足、葉頻りに入り、繊細な金筋、砂流しが掛かっています。
図譜には、『この刀は、姿、地刃の出来からして、来国行の極めは正に至当、刃中の働きは豊富で変化と景色に富んで見所多く、総じて京物としての品格が備わる優れた一口である。』とあり、探山先生鞘書きにも、『地刃に来気質を明示し、その中でも古様さと高い風格から、一派の頭領なる同工と鑑すべき優品也。取り分け裏上半の刃中、足、葉が繁く働く様は見事であり、本刀の見せ場也。』とあります。
これだけ寸法があって、随所に国行の見所が示された鎌倉中期の京太刀、京物を好まれる方には堪らない逸品、これは見逃せません。