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古刀・備前 室町後期 日本美術刀剣保存協会:保存鑑定 |
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刃長:72.6cm(二尺四寸弱) 反り:2.4cm 元幅:3.45cm 先幅:2.30cm 元重ね:0.90cm 先重ね:0.57cm 目釘穴:1個
「コメント」 この刀は俗名を冠していない祐定の作ではありますが、いわゆる末物の刀ではないことが一見してご理解頂けると思います。鍛えが素晴らしく、杢目肌に、板目流れごころの肌を交え良く練れて詰んでいます。刃境には湯走り・ほつれ・喰違等の多彩な変化を顕し、刃中には砂流し・葉・小足が多数入ります。刃中に充満した匂が所々、地にこぼれていて見所満載です。身幅・重ねを見ても分かるように、中鋒が延びごころの大振りで頑丈な造り込みにはこの上ない強靱性が窺えます。このスタイルは、天文(1532〜1555年)頃に活躍した長船鍛冶の棟梁・与三左衛門尉祐定の得意とする作風に一脈通ずるものがあります。裏年紀から判断しても、その高弟であったことが推測出来ます。当時としてはやや長寸で茎の寸法が長くなるのは、末備前物から新刀へ移る課程を示しており、加えて剣道などの武術の発達に伴って両手で使用することも影響しています。この時代、まだまだ全国で戦乱が相継ぎ、備前の地も例外ではありませんでした。その歴史のうねりの中に身を投じ、生死を懸けて戦っていた武人の負託に応え造り上げたと思われるこの豪壮なる姿。当時、この刀を差料とした武人が明日なる戦いに勝利する姿が目に浮かぶ堂々たる一振りです。 |
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| 商品番号:V-496 | |
価格:¥1.380.000 |
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古刀・大和 時代半太刀拵え付き 日本美術刀剣保存協会:特別貴重認定 |
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刃長:90.8cm(三尺弱) 反り:2.1cm 元幅:3.21cm 先幅:1.95cm 元重ね:0.65cm 先重ね:0.47cm 目釘穴:1
「コメント」 三尺という長さにして、生ぶ茎です。しかしながら実際に振ってみても決して重くなく、バランス良い実戦向きの刀です。中條○○とは誰か調べてみると、何と現代の人で、四国のとある県の刀剣審査員の方でした。ご自分の所持銘を入れ大切にされてこられたのでしょう。刀の好者の放出品です。 |
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| 商品番号:V-508 | |
価格:¥1.480.000 |
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古刀・備前 室町後期 上天正拵え付き 日本美術刀剣保存協会: 保存鑑定 拵え鐔 無銘(鎌倉)で保存鑑定 |
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刃長:70.8cm(二尺三寸三分七厘) 反り:3.0cm 元幅:3.19cm 先幅:1.98cm 元重ね:0.75cm 先重ね:0.46cm 目釘穴:1個
「コメント」 戦国時代の長船鍛冶には、清光を名乗る刀工は少なくありません。中でも五郎左衛門尉清光と孫右衛門清光の両人が最も著名です。五郎左衛門尉清光は、ほぼ同時期に活躍した与三左衛門尉祐定と並ぶ実力者で、ともに両家の棟梁として、数々の名品を残しています。他の清光も祐定と同じく、源五郎・左衛門尉・十郎右衛門尉といった様々な俗名を冠している者も多く居ますが、俗名の無い作も見られ、特に天文年紀の物が優れていると言います。この清光もそれに含まれる一振りでしょう。室町も後期に差し掛かってくると、前の中期頃に流行した打刀、刃長が二尺から二尺二寸までで片手打ちに適した形状とは異なってきます。寸がやや延び二尺三寸から四寸が主流となり、反りもより高めになります。正にこの刀のような形状が、天文頃には流行しました。よくこの時代の刀の質が問われることがありますが、応仁の乱以降、全国的に戦乱が相継ぎ、備前の地も例外ではありませんでした。赤松氏・宇喜多氏といった諸豪族が対立抗争を繰り返すという状況下にあって刀剣の需要過多に対応するため、大量生産向きの工房が出現しました。そして濫作を繰り返した結果、粗悪な刀も多数出回ったのは事実です。しかし、この刀に見るような備前物の特色を存分に表現した作品も多数あるのです。天正風の粋な拵えの魅力とともに備前刀の醍醐味も体感して頂きたい天文清光の充実した一振りです。 |
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| 商品番号:V-510 | |
価格:¥1.580.000 |
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新刀(江戸前期寛文頃)・武蔵 日本美術刀剣保存協会:特別保存鑑定 |
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刃長:71.0cm(二尺三寸四分) 反り:1.1cm 元幅:3.26cm 先幅:2.12cm 元重ね:0.74cm 先重ね:0.55cm 目釘穴:1個
「コメント」 正則は法城寺橘正弘一門、生国も正弘と同じ但馬國にして江戸で作刀しています。師の正弘は業物表に名を連ね、出来栄えがあの有名な虎徹に似ていることから、銘を改ざんされて虎徹に化けた正弘が多々あると聞きます。典型的な時代の姿、反り少ない寛文体配で、玄人好みの直刃、鍛え良く美しい地鉄の一振りです。「法城寺」は但馬国・鍛冶屋町にあるお寺の名前です。 |
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| 商品番号:V-495 | |
価格:¥1.450.000 |
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新刀 上作 武蔵 江戸前期 良業物 日本美術刀剣保存協会:特別保存鑑定 |
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刃長:69.3cm(二尺二寸九分)反り:1.3cm 元幅:3.14cm 先幅:2.18cm 元重ね:0.7cm 先重ね:0.5cm 目釘穴:2
「コメント」 上総介兼重は、和泉守兼重の子と云われ、二代兼重として初代と同じく伊勢藤堂家に仕え主に江戸で作刀していますが勢州阿濃津でも作刀したと云われています。初代兼重は虎徹の師匠鍛冶と有力視されている刀工で、二代兼重も時同じくして鍛刀に励んだと思われ、作柄に似通った所が見受けられます。江戸の主な刀剣は、虎徹、法条寺、康継、兼重等、大阪新刀のような派手さや華やかな刃文の美しさはなく、あくまでも武用に重点を置いた地味ながら迫力と斬れの凄みを感じさせるものです。この刀も沸強く強靭さを感じさせる地鉄、反り、肉置の加減、全てにおいて如何にも利刀として武用に適うものです。新撰組の近藤勇は虎徹、土方歳三は十一代会津兼定と云われあまりにも有名ですが、藤堂平助の愛刀であったのは上総介兼重だと云われています。江戸刀剣の業物の魅力を感じて頂きたい一振りです。 |
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| 商品番号:V-504 | |
価格:¥1.350.000 |
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古刀・備前 室町後期日本美術刀剣保存協会:保存鑑定 |
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刃長:68.3cm(二尺二寸六分弱) 反り:2.3cm 元幅:3.40cm 先幅:2.12cm 元重ね:0.84cm 先重ね:0.50cm 目釘穴:2個
「コメント」 戦国時代の刀剣は、需要が増し質よりも数を多く量産することが求められました。いわゆる『数打ち』と呼ばれる粗製品です。しかし、中には『注文打ち』と呼ばれ、武器としての刀という観念を超越して、日本の伝統である美の表現に重きを置き、実用と美の両方を兼ね備えた刀剣も多く造られています。この八郎治郎祐定と銘打たれた一振りが、それに当たると思われるのです。為打ち銘は入っていませんが、出来栄えをみる限りではこの思いは強まるばかりです。乱れ映り立つ地肌は板目を基調とし、時折梨地の如く精良に詰んだ肌が顔を覗かせます。刃縁には多数の二重刃が掛かり、刃中・刃境には元から先まで絶え間なく金筋・砂流しが豊麗に働いて焼刃にこの上ない凄味を与えています。八郎治郎は、『天文祐定』と呼ばれこの天文期(1532〜1555年)に数多くの名品を残している与三左衛門尉祐定、若しくはその父である彦兵衛尉祐定の門人と言われ、本国は備前ですが、後に美作津山の地に移住しています。天文21年と刻されたこの一作は、津山に移り住み、師から受け継いだ匠の技が円熟味を増した頃のものでしょう。希に刀の添銘に『一期一腰』と刻まれたものを見ますが、刀工がありったけの力を振り絞って満足のゆく作品が出来たときに入れると聞きます。そういう意味でこの刀も、鉄質極上でこれを創出した鍛冶の心が形となって表れたと見るべき名作です。 |
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| 商品番号:V-498 | |
価格:¥1.380.000 |
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薙刀 銘:九州肥後同田貫又八
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古刀・肥後 時代生ぶ拵え付き 戦国期 日本美術刀剣保存協会:第二十六回重要刀剣指定 |
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刃長:52.1cm(一尺七寸二分) 反り:2.9cm 元幅:2.94cm 元重ね:0.80cm 目釘穴:2個(内1忍)
同田貫は室町末期から新刀期にかけて活躍した肥後の刀工一派で、加藤清正の抱え刀工でも有名なこの一派は、鋭利さを高く評価され実用刀として非常に人気がありました。代表工には上野介(正国)、兵部、又八、国勝などが居ます。この薙刀は又八名の古色ある銘ぶり、沸え付匂い口の締まった刃文、この一派の特色を良く顕した典型作です。戦国武者を彷彿とさせるこの薙刀には、作刀と同時期天正頃の生ぶの黒漆塗り薙刀拵えが付いています。四百年余も経たとは思えぬ保存状態は博物館級の希少品です。薙刀では重要刀剣指定はこの一振りだけです。長い間コレクターの所で大切に保管されていた品です。出来るなら郷土の博物館に展示させたい逸品です。 |
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| 商品番号:V-410 | |
刀 銘:長運斎綱俊造之
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新々刀・江戸 拵え付き 日本美術刀剣保存協会:保存鑑定 |
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刃長:70.0cm 反り:2.1cm 元幅:2.93cm 先幅:2.07cm 元重ね:0.72cm 先重ね:0.47cm 目釘穴:1個
綱俊は、羽前米沢の出身で加藤八郎と称し、水心子正秀に師事してからは長運斎と号しています。後に兄・綱英とともに米沢藩上杉家抱え工となります。文政六年頃(1823年)からは江戸麻布にて鍛刀しています。安政元年にはこれを子の是俊に譲り、以降は長寿斎と変えています。この頃からは是俊との合作が多いようです。一門には二代綱俊、石堂運寿是一、高橋長信、青龍軒盛俊らがおり、華やかな丁子刃を焼く名工中の名工です。これまた名工である備前守固山宗次が私淑したのも綱俊であったようです。と言うのも、ともに似た作風を残していて、備前伝に関しては一、二を争うからです。 この刀は、新々刀の豪快さのなかに古刀の古雅な美を感じる、そんな作品です。新々刀期の刀工達が一様に目指したもの=古刀への原点回帰、その完成をこの一振りに見る事が出来ます。一点の曇りもなく精緻に詰み潤った地鉄、明るく冴え渡り深く煙立つ様に白々とした丁子乱れの刃文、洗練された姿に深い感動を覚えます。綱俊が最も得意とした備前伝を余す事無く表現している数少ない大作の一つでしょう。 |
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| 商品番号:V-494 | |
価格:¥1.950.000 |
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刀 銘:固山備前介宗次作之 安政五年二月日
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新々刀 日本美術刀剣保存協会:特別保存鑑定 |
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刃長:72.9cm(二尺四寸五厘) 反り:1.6cm 元幅:3.15cm 先幅:2.12cm 元重ね:0.81cm 先重ね:0.55cm 目釘穴:1個
固山宗次は、享和三年(1803年)奥州白川に生まれ、通称宗兵衛、一専斎又は精良斎と号した。水心子正英門の加藤綱英に学んだとされていますが、卓越した備前伝の作風を見ると、弟である長運斎綱俊に多大なる影響を受けていることが分かります。白河藩松平家に仕え江戸に出て、四谷左門町を定住の地としました。後に四谷にはあの源清麿も居を構えましたが、清麿は近くに越して来ながら先輩である宗次に挨拶を怠ったため、宗次が憤慨し果たし合いを申し込んだという逸話が残っています。これ以後、2人は職人肌の宗次・天才肌の清麿と呼ばれ、江戸で人気を二分するほどの刀匠になりました。宗次は、弘化二年には備前介を受領し、明治の初め頃まで作品を残しています。 宗次は、当時の首斬り役人山田浅右衛門などに刃味利鈍の指導を受けているため、その刀は備前丁字という華やかな刃文だけで無く、斬れ味という実用性の面からも十二分に考慮されており、出来不出来の差が少ないことでも有名です。この刀は、裏年紀が示すように安政の作で、宗次当時55歳の一番油の乗った時期に作刀されているため、新々刀収集家の中でも特に人気が高いのです。つまり、この刀は出来・人気・斬れ味の三要素を兼ね備えた非の打ち所の無い極めて傑作の一振りであると言えます。 |
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| 商品番号:V-491 | |
価格:¥3.600.000 |
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刀 銘 兼元
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古刀・美濃 室町後期 時代拵え付き 日本美術刀剣保存協会:特別保存鑑定 |
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刃長:69.2cm(二尺二寸八分) 反り:1.45cm 元幅:3.09cm 先幅:2.65cm 元重ね:0.65cm 先重ね:0.56cm 目釘穴:1
兼元家は、初・二代(孫六)ともに銘文に居住地を切ったものは全て赤坂住と切っていることから、終生赤坂で鍛刀していたと思われます。その後、赤坂と関の交流が盛んになってきた天文(1532〜1555)の終わり頃には兼元家の一門も関と赤坂に分かれて鍛刀し、新刀期以降も兼元の名跡は続いています。この兼元の作風を見ますと、地鉄は関物にしては詰んでいて、白け心にやや黒ずむ気味があります。刃文も後代の兼元に見る、尖り刃を三本一組して規則的に繰り返す匂口の締まった三本杉乱れとは大きく相違した穏やかでやや古調な趣を感じさせます。この大和の流れを汲む赤坂千手院と北陸物の影響が表れる作風は、初代・兼元に酷似していて、銘ぶりに至っては二代・孫六兼元に酷似しているのです。このことから推測しますと、この兼元は初・二代の最も近くで鍛刀を学んだ人物、孫六の弟か、或いは一門の一人ということになるでしょう。その人物が同じ赤坂の地で鍛刀したものか若しくは関に移住後してから鍛刀したものであると思われます。何れにしてもこの刀は、初・二代兼元の高弟であったと思われる兼元によって作られた、世にも珍しい一振りです。拵えがまた出来良く、龍の一作による金具と鐺には伊勢海老を配し豪壮に仕上げています。眺めて良し、飾っても良し、とにかく見逃せない夢のある一品です。 |
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| 商品番号:V-490 | |
価格:¥2.300.000 |
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刀 銘:石堂運壽是一精鍛之 慶應二二年二月日
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新々刀 優作 日本美術刀剣保存協会: 特別保存鑑定 |
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刃長:69.8cm(二尺三寸弱) 反り:1.6cm 元幅:3.14cm 先幅:2.20cm 元重ね:0.70cm 先重ね:0.54cm 目釘穴:1
是一は初代長運斎綱俊の甥で、綱俊に学び名家・江戸石堂家の七代目を継ぎました。石堂運壽と称して高く評価され、幕府の抱え工となり固山宗次と同様社会的地位の高い名工となりました。伊勢神宮の奉納刀・南町奉行遠山左衛門尉の所持名入りの刀が現存するところを見ると、その知名度・実力は新々刀刀工中最上位であることは言うまでもありません。代々石堂家は、古くは近江に始まり、新刀期以降は江戸・紀州(後に大坂に移住)・福岡に分派しています。それぞれの地で多数の名工を生み出していますが、元々備前一文字の流れを汲む一派であるため、備前丁字乱れをその真髄としています。 この刀も代々受け継いできた備前伝を巧みに焼き上げていますが、よく見てみますと沸出来で刃中も金筋・砂流しを交え激しい変化を付けています。これは当時、同じく江戸で頭角を現してきていた清麿一門が得意とする相伝備前に多大な影響を受けたのではないかと思われます。それを巧みに吸収・消化し、独自の方法で作品として表現しています。常に流行を見極め、取り入れていこうとする是一の貪欲さが窺えます。ですから何度見ても飽きません。この刀にはそれほどの吸引力があります。さらに、茎について通常あまり触れませんが、この刀は思わず言及したくなる程美しい仕事がなされています。是非お手にとってご覧頂きたい秀逸な一振りです。 |
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| 商品番号:V-489 | |
価格:¥3.300.000 |
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刀 太刀銘 肥前住播磨大掾藤原忠国
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初代 新刀優作 肥前 日本美術刀剣保存協会:特別保存鑑定 |
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刃長:69.4cm(二尺二寸九分) 反り:1.8cm 元幅:3.1cm 先幅:2.0cm 元重ね:0.67cm 先重ね:0.46cm 目釘穴:1個
初代肥前忠国の美しい直刃の刀です。忠国は初代忠吉一門の刀工です。数ある肥前刀鍛冶の中でも、特に忠国の地鉄は沸え強く均等に付き大変美しい地鉄です。乱れ刃も多い刀工ですが、直刃はよりその美しさが際立ち、忠吉にも勝るとも劣らぬ出来映えです。名は橋本六郎左右衛門、慶長三年(1598年)に生まれ、寛永十一年に播磨大掾を受領し忠国と銘し、晩年は入道し休鉄と号しています。佐賀城外の小城に住し元禄四年、九十四才という長寿を全うしています。この刀もその名に違わず傷欠点のない美しい直刃の逸品です。鍛えの美しい地鉄に焼かれた品性高き直刃、刀好きには堪らない一振りです。 |
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| 商品番号:V-487 | |
価格:¥1.680.000 |
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刀 銘 水心子正秀・花押 刻印 文政元年八月日 新々刀最上作 武蔵 特別保存鑑定
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新々刀最上作 武蔵 日本美術刀剣保存協会: 特別保存鑑定 |
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刃長:76.5cm(二尺五寸二分五厘) 反り:2.1cm 元幅:3.45cm 先幅:2.3cm 元重ね:1.01cm 先重ね:0.7cm 穴:1(忍び穴1)
ご存じ水心子正秀は刀匠としても刀剣教育家としても優れ、新々刀の生みの親として日本の刀剣史に大きく名を残す刀工です。正秀は、刀剣は実用を軽んずべからず、鎌倉、南北朝の古作の伝法に復帰すべしと、復古鍛錬法を提唱し、刀本来の姿に戻そうと研究を重ねました。江戸時代も中期を過ぎると、戦国の世から遠く離れ、戦乱の記憶も薄れ、実用に使われない刀は華麗さを競い、本当の意味で利刀の美からかけ離れてしまいます。 「刀剣武用論」「鍛錬玉函」「刀剣秘伝志」「刀剣弁疑」の著書があり、学識深く、理論家でもあった正秀は、当時の鍛刀界に本当の刀のあるべき姿を唱え警鐘をならします。門下は百人を超え、大慶直胤、細川正義、北は会津から肥後熊本の同田貫正次にまでおよび、そのまた弟子からも、左行秀、直勝、綱俊、等名工が生まれ、新々刀期、正秀の影響を受けていない刀工はいないと云っても過言ではありません。身幅広く、重ね厚く、正秀六十八歳にして、その力量と精神を余すところなく見せつける渾身の一振りです。 |
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| 商品番号:V-471 | |
商談中 価格:¥4.300.000 |
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刀 太刀銘 越後國義光作
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昭和五十八年二月吉日 現代 無鑑査刀匠 |
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刃長:72.7cm(二尺四寸弱) 反り:2.4cm 元幅:3.47cm 先幅:2.45cm 元重ね:0.81cm 先重ね:0.51cm 目釘穴:1個
大野義光は昭和二十三年新潟生まれ、昭和四十四年吉原義人刀匠の門人となり、昭和五十年刀匠として独立しています。天性の才能と努力を積み重ね、五十一年から連続五回の努力賞、その後連続五回の高松宮賞を受賞しています。六十二年には無鑑査刀匠となり、平成三年に個展「大野義光 重花丁子の世界」を開催して以来益々人気を博すこととなります。森雅弘著「鐵のある風景」でも義光の刀匠としての姿勢が紹介され、その生き方を意気に感ずる人々が瞬く間に増え、無鑑査刀匠にして人間国宝クラス程の入手困難な刀になりました。大野義光の最も得意とする備前福岡一文字写し、華やかなる逸品です。 |
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| 商品番号:V-479 | |
価格:¥2.700.000 |
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刀 銘 陸奧大掾三善長道
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新刀上作 最上大業物 寛文頃 岩代 日本美術刀剣保存協会:保存鑑定 |
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刃長:69.6cm(二尺三寸弱) 反り:1.0cm 元幅:3.20cm 先幅:1.88cm 元重ね:0.8cm 先重ね:0.45cm 目釘穴:3個(忍穴1)
新刀上作にして最上大業物の登場です。長道は寛永十年会津生まれ、生え抜きの会津新刀鍛冶であり、会津新刀の祖と云われる名工です。一説には京の伊賀守金道に学んだとも伝えられ、帰国後は会津松平藩の藩工として活躍しています。長道の名を最も有名ならしめたのは、柘植平助方理が試し斬りの名手山田浅右衛門等の協力を得、その著書「懐宝剣尺」において、刀剣の刃味の位列表し、その位列の中で最も斬れ味の良いとされる最上大業物に選ばれたことによります。特に、江戸末期には「会津虎徹」と推奨され、一層有名になった刀匠です。この刀は、当時の武道に叶った所謂寛文新刀体配、決して強靭な雰囲気の刀ではありませんが、大きく傷欠点なく刃味鋭く、最上大業物と賞されるに相応しい出来映えの刀です。 |
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| 商品番号:V-481 | |
価格:¥1.950.000 |
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脇差 銘 出羽大掾藤原国路
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新刀上々作 大坂 江戸初期 業物 日本美術刀剣保存協会: 特別保存鑑定 |
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刃長:53.2cm(一尺七寸五分)反り:1.0cm 元幅:3.03cm 先幅:2.00cm 元重ね:0.63cm 先重ね:0.47cm 目釘穴:2個(1埋め)
国路は堀川国廣門、天正四年の生まれで秀吉にも仕えたと云われる刀工です。初期銘は平安城国道、慶長十四年に国路となり同二十年に出羽大掾を受領しています。国路は八十才余の長寿の刀工であった云われ、数多くの名品を世に残しています。相伝風の沸え本位華やかな互の目が焼かれ、刃中の働きも盛んで見応えがあります。彫りも大変上手く実に華やかでも魅力的な楽しめる脇差です。 |
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| 商品番号:V-468 | |
価格:¥1.890.000 |
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刀 表銘:会津臣元興 於武州江戸金杉営作之 裏銘 安政六年十一月於傳馬町太々土壇拂 山田吉豊其刃二而両車九分切後藤利影試之
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研磨中 新々刀上作 会津 幕末期 幕末拵え付き 日本美術刀剣保存協会: 特別保存鑑定 |
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刃長:71.5cm(二尺三寸六分)反り:1.8cm 元幅:3.06cm 先幅:2.0cm 元重ね:0.88cm 先重ね:0.55cm 目釘穴:1個
元興は、角大八元興の孫にあたり、父早世の為祖父の銘を襲名、号を松軒と云い、初代よりも優れた作が多く残されています。安政六年には江戸に入り石堂運壽是一門となり作刀を学んでいます。この刀は正にその安政六年入門の頃の作、茎の截断銘も力強く、幕末の世相を思わせる貴重なものです。安政七年には、井伊大老が桜田門外において、水戸藩脱藩尊皇攘夷志士を中心とした一団に暗殺される事件が起きており、正に激動の時代を象徴するかのような刀です。金杉営とは江戸会津藩下屋敷隣接していた金杉陣営のこと、現在の東京都港区芝浦あたりかと思われます。松軒元興の如何にも斬れそうな一刀、幕末時代拵は黒一色で統一され、この刀に相応しく、幕末期の会津藩士の気骨さと強靭な精神力を見せつけられる思いのする刀です。試斬りに使われていたと思われるヒケ傷があります。鑑賞には研ぎを掛けられることをお薦めします。 |
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| 商品番号:V-469 | |
価格:¥2.300.000 |
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刀 太刀銘:肥前國住陸奥守忠吉
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新刀・肥前 江戸前期 日本美術刀剣保存協会: 第12回特別重要刀剣指定 |
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刃長:72.6cm(二尺三寸九分強) 反り:1.85cm 元幅:3.35cm 先幅:2.31cm 元重ね:0.74cm 先重ね:0.51cm 目釘穴:1個
陸奥守忠吉は二代(忠吉)忠廣の子で、寛文十四年の生まれ、忠吉本家の三代目を継いでおり、世に三代陸奧と通称される肥前忠吉家きっての名工です。万治三年、二十四歳の時に陸奥大掾を受領、翌寛文元年には陸奥守に転じています。貞享三年に父近江大掾忠廣よりも先に、五十歳の若さで没しており、作刀数が少ないのは早世と、父の代作に任じていた為と云われています。新刀の中でも最も姿の良い太刀姿の肥前刀。三代忠吉には身幅広くがっちりとした力強い体配がありこの刀はその典型作です。その鍛えは、小板目が細やかに詰み地沸え微塵に付いた肥前独特の小糠肌を見せこの上なく精美です。焼き刃は、忠吉本家の最も得意とした上品な直刃です。匂い深く小沸え良く付き、細かな金筋・砂流し掛かり、匂い口が明るく冴え、地刃共に出来は抜群で秀逸、三代陸奥守の本領が遺憾なく発揮され、日本一の陸奥守忠吉と言える一振りです。この特別重要刀剣陸奧守忠吉は肥前鍋島家の伝来品です。 |
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| 商品番号:V-455 | |
価格:お問い合わせ下さい |
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刀 太刀銘:奥大和守平朝臣元平 文化二乙丑春(1805年)
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新々刀優作・薩摩 日本美術刀剣保存協会:特別貴重認定(正真保証) |
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刃長:72.9cm(二尺四寸五厘) 反り:1.6cm 元幅:2.98cm 先幅:2.09cm 元重ね:0.60cm 先重ね:0.50cm 目釘穴:1個 元平は延享元年の生まれ、父奥元直について鍛刀を学び、寛政元年に正幸と共に受領し大和守を名乗り薩摩刀工の双璧と云われます。元平は文政九年に八十三歳で没するまで、元平は新刀期以来の相州伝を焼き、研究熱心で作域も広く精力的に数多く作刀しています。元平の刀は身幅広くがっしりした物が多いのですが、この刀は珍しく、おそらく優しい太刀姿の注文に応じたものだと思われます。物打ち辺の棟に受けた大きな刀疵が一カ所、大変な武勲であります。出来も最高! |
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| 商品番号:V-456 | |
価格:1.980.000円 |
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脇差し:葵紋 康継於越前作之(世喜宿打)
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新刀・越前 日本美術刀剣保存協会:特別保存鑑定 |
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刃長:54.0cm 反り:1.0cm 元幅:3.10cm 先幅:2.19cm 元重ね:0.65cm 先重ね:0.45cm 目釘穴:1個
康継家は徳川家のお抱え工として江戸と越前に代々続く刀鍛冶です。それぞれ『継』の字に特徴があり、その何代であるかは銘ぶりにより極められています。この「世喜宿打」と極められた脇差は、その銘ぶり、時代背景、葵紋を許されていること等から現在の研究では二代市之丞の後見人であった、初代康継の弟康意であるとの説が最も有力です。良く鍛えられた地鉄に厚く沸えが付き焼き刃の冴えは流石名門だと感じます。鑑定証にある世喜宿は下総國(現千葉県野田市)にあった宿場で天正年間に家康の実弟・松平康元が城主となり入城しており、以後幕末まで二十三人の大名を輩出している江戸を守る名門として続きました。その世喜宿打ちと鑑せられた康継の脇差です。 |
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| 商品番号:V-450 | |
価格 1.400.000円 |
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